究極の夜空
ソープ嬢 冴子に、一年ぶりで夕食を付き合ってもらった。彼女とは客として出会って16年を越える(汗)。
普通、風俗嬢がしてくれない店外デートを重ね、一時は俺が冴子を好きになり過ぎたが、彼女には旦那も子供もいた()。
「哲ちゃんの想いはわかるけど、できない」と言われた ほろ苦い場面は、今でも忘れられない。
しばらく彼女から離れたが、たまに街で一緒に飲食するようになり、細々と続いている。
お互いをこの世で一番、知り合っている仲かもしれない。家から家族構成、過去の遍歴まで、何でも話し合える。
そして彼女との時間は、いつも楽しい。
ソープは客と外で会うのを禁じている店が多い。だから店から離れた、二人だけが知る駐車場で彼女が仕事を終えるのを待つ。
「お待たせー」
バッグの他に、大きな紙袋を2つ抱えた彼女が、助手席に乗り込んできた。
「大荷物だね」
「今日は哲ちゃんが家まで送ってくれると思って」と、笑顔の彼女。
「ちゃっかりしてるね」
「しっかりしてるって言ってよ」
俺は笑うしかない。いきなり楽しい♪
彼女が予約してくれた居酒屋で、向かい合って座った。
五十路とは思えない彼女の妖艶な姿は、まぶしい(店年齢は38才だが)。
彼女がてきぱき料理を注文して、ビール(俺はノンアルコール)で乾杯した。
「で、どういう失恋をしたの?」と、彼女が俺の顔をのぞき込む。
「し、失恋なんかしてないよ」
「嘘。哲ちゃんは、弱ると私に会いに来る」
彼女には、何もかも見透かされている……
「……君に会いたくなったんだ」
「嘘。吐き出しちゃいなさい。恋愛体質君」
「恋愛体質?」
「そう。あなたの気質って少女マンガみたい。よく言えば純粋」と、彼女が笑った。
「ロマンチストと言ってくれないか?」と言い返したら、彼女が大笑いした。
出会い系での切ない出来事()を話そうとしたが、今日はやめておこう。久々の再会だし。
「冴子こそ、ロマンスは?」
「なくはないけど、もういいわ」
「なんで?」
「ヤリモク男には、もう飽きた」
彼女は、奔放な人生を送ってきた。
遊ぶ金欲しさに大学時代から水商売、言い寄る男の一人と結婚して出産。
その後も夜遊びは止まらず、昼間に風俗店で稼ぎ始めて今に至っている。
「君は相変わらず綺麗だけど、また整形した?」と俺。
「してないわよ。今年は顎下にレーザーする予定だけど」
「離婚は?」
「家とお金が大事だから、仮面夫婦を続けてる」
彼女の旦那は意外に堅い職業人だが、遊び人だから、どっちもどっちか……
「哲ちゃんこそ離婚したの?」
「相変わらず別居中」
「じゃあ、もっと御飯に行きましょうよ」
「そうだね。ありがとう」
次々と運ばれる料理に、美味しいと舌鼓を打ち、楽しく語り合う。
「ある小説で読んだんだけど、キスだけでHが合うか、わかるの?」と俺。
「わかる。昔、大好きだった男が下手で、Hも案の定。いろいろやってみたけど、結局はダメで別れたわ」
彼女はHの時、そこいい とか、もっとやって とか情熱的に喘ぐ。快楽に貪欲な肉食女だと自分で言っていた。
「じゃあ、体の相性ってあるのかな?
単なる上手下手だけだと、AV男優がエッセイで書いてたけど」
「いや、……上手でも合わない事がある。だから、相性はあるわ」
熟女AV女優の経験もある彼女は、数えきれない過去を思い浮かべるように、ちょっと考えてから答えた。
彼女のAVを昔、偶然ネットで見つけた時を思い出してしまった。
好きな女が、仕事とはいえ他の男に抱かれるのを見るのは辛かったな……
「哲ちゃんは、かなりいい線いってるよ」と、冴子が微笑んだ。
「ありがとう」 君の調教のお陰だよ(笑)。
フッと彼女に吸い込まれそうになる。
でも彼女は、俺の手に届かない女。
そしてきっと、俺の手に負えない女。
楽しいまま、食事は終わった。
「あー、楽しかった」 店を出たら、自然に彼女が腕を組んできた。ほんわかと心地いい。
「そのうち店にも行こうかな」と俺。
「いつでもどうぞ。昔と違って、当日でも予約できるし」
昔は週末満員御礼だった君も、さすがに歳には勝てないか……
「息子くらいの歳の客も来るでしょ?」
「来るけど、娘婿の顔が浮かんで ちょっと引く。哲ちゃんは、娘さんの歳のソープ嬢とやるの?」
「あ、そういう感覚ね。なるほど」
冴子の娘と俺の娘は、奇遇だが同い年だ。
助手席の彼女が、いつの間にか眠ってしまった。
まったく。このままラブホに連れ込むぞ!
でも静かに、彼女の家まで送った。
「着いたよ」と彼女の肩を揺すったら、ようやく目を覚ました。
「あ、ありがとう」と彼女。
「荷物、忘れないで」
「ねえ、キスして」 自分の家の前で何と大胆な!
そっと彼女に口づけた。
「やっぱり哲ちゃんは、いいわ。また誘ってね」
「うん。ありがとう」
手を振る彼女を背に、俺は車を走らせた。
夜の都市高速が、夜空に続く滑走路のように、美しくロマンチックに見えた。
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