Side Y
シムが赴任して2週間が経った
休憩中に一緒に過ごしていても、
カウンターでの接客中でも、
相変わらず笑顔は殆ど見られない
けれども、部下をさり気なくフォローしたり
客の要望を真摯に伺って最適なアドバイスをする
決して押し付ける事なく適度な距離感を持っている事が
男性スタッフを避ける顧客にも
安心感を抱かれているようだ
それは彼の中性的な容姿とも相まって、
初日の俺の顧客以外では今の所大きなクレームもいただいていないから、それはやはり彼の実力と醸し出す雰囲気に依るものだと思えた
シムの笑顔が見たい
その理由が恋であるのだと自覚した
男相手なんて初めてだけれど、
触れたい、俺を見て笑って欲しい
笑顔を無くした理由を、知る事が許されるのなら
一緒に抱えたいんだ
「こんなに夢中になったの、
仕事以外で初めてかもしれないな…」
百貨店の従業員通用口を出た傍、ビルの壁に凭れる
今日はこれからシムと、新人の歓迎会…
という名目の飲み会だ
先に店に向かうから、と勤務を終えて店を出たが、
少しでもシムと話したくて…
彼が出て来るのを待とうと思った
腕時計を見たら、彼の勤務終了時間まであと15分
何を話そうか、なんて考えていたら目の前を待ち侘びた人が通り過ぎた
スマートフォンを真剣に覗き込む姿は何だかいつもより幼く見えて、愛おしいと思った
「シム!お疲れ」
後ろから声を掛けると背中がびくっと揺れて、
それから振り向いた
「…どうして…先に店に行ってるって…」
「歓迎会は皆が居るから、ふたりで話したかったんだ
待ってるって言っただろう?
一緒に、ゆっくり行こう…な?」
大きな瞳をもっと大きく開けて驚いた様子
けれども嫌悪感は感じられなかったから
ゆっくり近付いて、それからこどものように寂しそうにも見えるシムの頭をそっと撫ぜた
目が細められ、こちらを窺うように上目遣いでおずおずと見てくる
もっと触れたくなる
離したくなくなる
離れ難い指をさらりとした髪の毛から離した
「チャンミン、行こう」
「どうして、名前を呼ぶんですか?」
物怖じしないような、けれどもどこか影を背負った彼の真っ直ぐ見つめる瞳
男に好かれるなんて、普通は考えないよな…
「さあ、どうしてだと思う?」
好きだから
今はもう勤務時間外だから
少しでも近付きたいから
駄目だと言われないから
だから名前を呼んだ
でも、恋愛感情を抱いている、なんて言って
怖がらせたくない
だから理由はまだ言えない
首を傾げるシムが、チャンミンが可愛くて
思わず頬が緩んだら、何だか少し拗ねたような顔
「僕に委ねるなんて、狡いです…」
狡いのは俺を夢中にさせるチャンミンだ
それに、好きになった俺の方が弱いんだから…
「俺は必死なだけだよ
本当は今すぐ抱き締めて…お前の事を全て暴きたい」
「え……」
ああ、驚かせてしまった
久しぶりの恋心は激しくて、
過去の事情と傷を抱えるチャンミンをもっと知りたいという焦燥感も相まって、まだ気持ちを伝える時では無いと思っているのに…
そんな理性はチャンミンの視線ひとつで崩れてしまう
それでも、チャンミンはきっとそんな風に思われているなんて思ってもみないのだろう
ぼうっと俺を見て、それから眉を顰めて首のチョーカーを抑えた
痛むのか、と聞いたら小さく首を振って否定する
まだ俺には踏み込ませてもらえない領域
少し切ない気持ちにはなる
けれども、触れて欲しくなさそうにしているから
「ゆっくり行こうか」
チャンミンを促して大通りを歩き出した
けれども彼はすぐに立ち止まって…
「何なんだよ…」
「…シム?」
「シムって呼んだり、名前で呼んだり
抱き締めたいだとか笑顔を見たいだとか…
俺を勝手に呼び寄せて、それなのに中途半端に関わって…」
下を向いた彼の握り締められた拳にはぎゅう、と力が入っていて…
「…僕なんて放っておいてよ
…お願いだから掻き乱さないでください…ちょっ…!」
「ここは人が多いから、着いてきて」
左手を伸ばした、いや気付いたら彼に伸びて細い右手首を掴んで、細い路地へと急ぎ足で向かった
『放っておいて』
『掻き乱さないで』
その言葉が、悲痛な叫びが、
彼は本当は人を求めているのだと俺に確信させた
それが俺である訳なんて無い、そんなのは分かっている
同性で、上司なのだから…
けれども、チャンミンに笑顔が無いのは
誰とも関わりたくないからでは無くて
傷を負った過去の事情のせいなのだと思った
入り込んだ脇道は狭くて、街灯も少なく薄暗い
逃げられないように…違う、少しでもチャンミンに触れていたくて、手首を掴んだまま向かい合った
「掻き乱しているつもりなんて無いんだ」
「じゃあ何なんですか」
理解出来ないと言った様子で小さく呟いて
それから繋がった手首に視線が落とされた
チャンミンが今、俺の事をどう思っているかなんて分からない
けれども、もう一度視線が持ち上がって上目遣いで見つめられて…もう、理性を身体は追い越してしまった
「……やめっ…あっ…」
抱き締めた身体はあたたかくて
笑顔なんて無くたって真摯で人を気遣う事の出来る彼、そのもののように思えた
「掻き乱してるつもりなんて無い
必死なんだ…お前が欲しい
でも、今はまだその理由は言わない」
本当に情けないくらい必死なんだ
チャンミンのさらりとした髪の毛が頬をくすぐる
彼の生きている鼓動を、体温を、匂いを感じて鼓動はどんどん速くなる
抱き締めておいて「理由は言わない」なんて
我ながら狡いと思う
「勝手な事…言わないでください」
ほら、チャンミンにだってそう思われている
けれども、『欲しい』と言っても突き放される事が無いから…
潤んだ瞳で見つめてくるから、だから…
「俺を、嫌じゃないと思ってくれる?」
「……もう離して…っ」
「離せない、ごめん…」
だって、本当に逃げようと思えば、
拒もうと思えば、抜け出る事が出来る筈
それなのに、潤む瞳で俺を見つめて、
薄く開かれた唇からは熱い吐息が漏れて…
「狡い…」
「狡くても、チャンミンに触れられるなら良いよ…」
狡いのは、そんな目で俺を上目遣いで見つめるチャンミンだろ?
そっと、俺のジャケットの裾を掴むチャンミンだろ?
でも、俺達は大人だから狡くたってそんな事は言わない
そっと顔を寄せると、一瞬瞳は見開かれた
けれど薄く開いた唇はそのままで、
抱き締めた身体からも力が抜けたから…
誘われるように俺の物よりも赤い、けれども女性のものとは違う素の唇にそっと自分の唇を重ねた
「……ん…ぅ」
「…チャンミン、ごめん」
「……っやめっ…」
形ばかりの謝罪
上擦った声はまるで初恋を知った中学生のようだ
けれども、初恋だってこんなに心が騒ぐ事は無かった
触れたらぴったりと重なるようで…
もしかしたら、キスをしたら違和感が出るのでは無いか、とも内心思っていた
けれども現実は真逆で、男とキスなんて初めてなのに
不快感が無いどころか、もっと触れたくなって止まらなくなる
角度を変えて何度も唇を啄む
やめて、なんて言っているけれども身体には力が入っていなくて、しがみつく様に俺のジャケットを握り締めている
「チャンミン、チャンミン…っ」
「…っやめっ……ん」
「…っ…ごめん、急に悪かった」
ほんの少しだけ胸に添えられた、ジャケットを握ったチャンミンの手に力が込められて、漸く我に返った
唇を離した瞬間、水滴が俺の唇に落ちて、直ぐにそれがチャンミンの涙なのだと気付いて心が痛んだ
一筋の涙はとても綺麗で、申し訳無いと思っているのに美しくて目が逸らせない
チャンミンも瞬きもせずに俺を見つめて…
「ごめん、泣かせたい訳じゃないのに…」
嫌われてしまっただろうか
驚かせてしまっただろうか
好きだと言わないまま、こんな事をして…
それでも腕の中からは逃れようとしないから、
腰を抱いたまま反対の手を伸ばして、大きな瞳に溜まった、まるで宝石のような涙をそっと拭った
「嫌だった…?」
「嫌も何も僕は男で…」
「うん、分かってる」
「……どうして、兄だと思って欲しいと、
そう言ったのはチーフじゃないか…」
「それは…」
潤んだ瞳で上目遣い
確かにそう言った
けれどもそれは、少しでも信頼して欲しくて、
頼って欲しくて…結局、俺の保身と言い訳なんだ
いっそもう、気持ちを伝えようか
キスをしておいて今更だけれども、
それでも勇気が出ない
それにやっぱり、チャンミンが心を開いてくれるのを待ちたいという気持ちも有るんだ
過去を抱えて笑えないくらいの辛い思いをしているであろうチャンミンを、これ以上悩ませたく無い
自分勝手かもしれないけれど、そう思うとやっぱり言えなくて…
それに、チャンミンも確信に触れて来ないから
それに甘えてしまった
自分が情けない、そう思っていたらジャケットのポケットに入れていたスマートフォンが震えた
「ごめん、電話だ」
「…離してください」
名残惜しいけれど、腕の中から解放して
歓迎会の店に着いているスタッフからの電話を受けた
『まだですか?皆待ちくたびれてますよ』
と言うスタッフに『今シムと合流したから向かう』
と返して電話を切った
ふたりだけの時間はもうすぐ終わってしまう
それが、春のまだ冷たい風と相まって心を寂しくさせる
薄暗い、人通りも無い街灯も殆ど無い路地
喧騒から離れて、まるで俺達しか居ないよう
暗がりでも美しいチャンミンの瞳はやっぱり潤んでいる
「もういいです…
僕も忘れるので、チーフも忘れてください」
同性にキスされるなんて、憤慨されたって
軽蔑されたって当たり前なのに
寂しそうに呟いて踵を返す
大通りに出られたら、もうふたりきりじゃなくなってしまうから、慌てて右腕を掴んだ
「待ってくれ」
「なんっ…」
チャンミンが反動でこちらを振り返る
「忘れられないよ
お前が欲しいと言っただろう?
嫌じゃ無かったなら、忘れないで欲しい…」
これで『嫌だ』と言われたらどうしよう
でも、男同士なんてそもそも茨道なんだ
それでも好きになったんだから、
笑顔を見たいと強く思ったんだから、
何を言われても諦めたくなんて無いんだ
ごくりと唾を飲み込んで
視線を逸らさずに真っ直ぐ見つめたら、
チャンミンの唇が薄く開かれた
「嫌じゃ…無いから困るんです」
「チャンミン…」
心臓がどくん、と飛び跳ねたようだった
こんな想い、こんな感覚、初恋だって、
大人になってからの恋の駆け引きでだって
味わった事が無い
いや、この瞳の前では駆け引きなんて通用しないと思う
「もう…っ離してください
本当に行かないと…」
頬が、耳が赤く見えるのはオレンジ色の街灯のせいなのか、それとも俺の願望なのか、真実なのか分からない
それでも『嫌じゃない』その言葉だけで、
これから先ずっと、彼が笑顔になるまで、そしてその先も、チャンミンを想っていられる自信がついたんだ
するりと抜け出た腕は風を切って前へと進む
大通りは人が多いせいか、少し暑くて…
右隣に歩くチャンミンは徐に制服のジャケットを脱ぐと、脇に抱えた
都会の、まだ星なんて見えない明るい
夜空を見上げたその顔が、少し笑みを浮かべたから視線が釘付けになった
「シムが笑ったの、初めて見たよ…」
本当は名前を呼びたい
でも、今呼んだらまた腕の中に閉じ込めて、
今度こそ離せなくなってしまいそうなんだ
俺の言葉に、少しばつが悪そうに振り向くチャンミンは
少しだけ幼く見える
もしかしたら、これが本当の彼の姿なのかと思えた
「別に笑ってなんか…」
「何で否定する?笑ってる方がやっぱり良いよ
笑顔が見たいって言っただろ?」
笑顔が嬉しくて、
俺の方がもっと嬉しそうな顔をしている自覚がある
まるで初恋を覚えた少年だ
やっと笑顔が見れたのに、
ふたりの時間はもう終わりを告げた
店の前に着いて、隣を見たらチャンミンの顔が浮かなくて、思わず手を伸ばした
頬に触れると、ぴくりと小さく震えて、けれども避ける事は無い
「…っ
勘違いさせるような事はやめた方が良いと思います」
「勘違いじゃないから良いよ
…行こう」
俺は狡いのかもしれない
彼を思って、彼を支えて…
過去を知るまではこの気持ちに蓋をしようと思っていたのに、結局このざまだ
けれども俺を拒まない優しいチャンミンに甘えて、
もう少しこのままでいさせて欲しいと思ったんだ
チャンミンが勘違いしてくれるのなら、
それは勘違いじゃなくて俺の真実
彼がどう思っているのか分からなくて知りたくて
けれどももうふたりの時間は終わりだから…
背中に少し視線を感じながら、
歓迎会のテーブルへと向かった
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6ヶ月、の記事にたくさんコメントを頂いて、
本当に本当にありがとうございます
とても嬉しいです
お時間いただきますが、お返事させて頂きますので
お待ち頂けたら嬉しいです
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いまさら聞けない「夜空」超入門
こんばんは^^
今日の福井は
午後から雨の予報でしたが、
まだ降りはじめていません。
蒸し暑い一日でした。
皆さんのお住まいの地域は
いかがでしたでしょうか?
私は先程、
泣き叫ぶ娘をようやく寝かしつけ、
パソコンに向かっています。
穏やかに寝息を立てる姿は、
天使そのものです^^
さて、今夜は海岸で撮影した写真をアップします。
「二の浜海岸に昇る天の川」
2018年6月8日/福井県坂井市
Canon EOS 6D, SIGMA 15mm F2.8, ISO-3200 30秒, F/2.8
Adobe Photoshop Elements raw現像
※右側の黄色い光は、イカ釣り漁船です。
今年は木星、土星、火星が同じ夜空で見られて、
とても豪華ですね^^/
また、火星の最接近を前に、
目に見えて明るさが増してきたようです。
ところで、皆さんは冬の日本海へ
いらしたことはあるでしょうか?
福井の事情しか知らないのですが、
波や風が荒々しく、近づくのが恐ろしいほどです。
でも、暖かな季節は穏やかな日も多く、
とても美しい景観を楽しむことができます。
また、昼もいいですが、
夜は星たちが空を飾り、
より華やかです。
撮影した福井の二の浜海岸は、
福井の地質絶景として知られる「東尋坊」から、
車で5分ほどにある海岸です。
ここは拳ほどの石がゴロゴロしていて、
波のある日は石が転がる音が聞こえます。
しかし、撮影した夜は風も波もなく、
とても穏やかで、
海面に星が映っている様子が見られました。
静かな海を眺めていると、
心まで落ち着いていくかのようでした。
皆さんは、
心が落ち着く時があるでしょうか?
風や雨、波など、自然の振る舞いは、
人の心に大きな影響を与えていることを感じました。
※福井の海は、
イカ釣り漁船が出ているため、
海がとても明るいです。
星が見やすい環境とは言えませんが、
普段海から遠くに住んでいる私は、
とても新鮮で楽しい撮影体験でした^^/☆
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ブログへコメントやメッセージをお寄せくださり、
誠にありがとうございます^^
皆さんに、本ブログをお読みいただけることが、
とても励みになっています☆
今後ともよろしくお願いいたします^^/☆
また、多くの方々から、
どんな機材で撮影していいますか?など、
たくさんの質問をいただくようになりました。
以下に紹介していますので、
星空を撮影するときの参考にしていただけると幸いです^^/
☆今回の撮影機材☆
☆画像処理ソフト(撮影後の画像処理に活躍しています)☆
☆天体シミュレーションソフト(撮影前のシミュレーションに活躍しています)☆
☆加藤英行のホームページ☆
※撮影機材やこれまで撮影した写真など、
加藤の活動を紹介しています。
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