30代から始める本歌

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やる夫で学ぶ本歌

終戦直後の雑誌ブーム。

平和の到来を実感したいんでしょうね。
ライフラインの復活を実感したい。
そんな中、ある雑誌の執筆者には、
幸田露伴。
しばらくして、谷崎潤一郎が「細雪」を発表。
戦時下に書き継がれた!
更には川端康成の「雪国」。浮世離れ感が半端ない(笑)
外界の未曾有の出来事に超然とした姿勢(笑・!)
村上春樹はバブル期(後に言われたが当時は、地価高騰、株価高騰、日本経済好調と呼ばれていました、ちなみにジュリアナ東京は所謂バブル期には存在していませんでした)に
「ノルウェイの森」を発表しています。
一応、学生運動が盛んな期に、何故か、今で言うところのリア充な生活をする渡辺君と彼女(?)の直子、とガールフレンド(?)の緑とのストーリー。この設定自体がこの小説の凄みです。
発表時期はバブル期で、バブルには全く触れず、学生運動全盛期の学生運動をしない大学生(実在しなかったのでは?)のセックスフルな生活。
それを洒脱な文章で。
僕は、この小説は日本文学の達成だと思います。
小説と言うジャンルが、西洋の文学拘束から出来ている事を白昼にさらしています。
つまり、本歌取り、と、それに日本文学の伝統との融合があります。
その詳細は後ほど。
戦後政治を代表するのが、自由民主党。略して自民党。
その中でも、親米路線と、経済優先政策、吉田茂が敷いた路線、つまり吉田ドクトリンがその基調ですが、(吉田茂が占領下に示した戦後日本の基本路線)、親中路線の田中角栄、大平正芳や、自民党自体の構造にメスを入れたがった、つまり潰したがった(?)三木武夫や小泉純一郎がいたりして幅があります。
更には、総理大臣にはなりませんでしたが、社会党との連立政権下での村山談話と見間違えるかのような河野談話を発表した河野洋平などがいます。
日本の文化に、幅が内蔵されているのか、外界の騒乱、喧騒に無関係だったり、反対(反逆?)すら含む奥深さ。豊潤。
※本文とは関係ありません。

Feel the Beat もっと楽しく感じるままに 技術の本歌

今日は仕事の帰りに源氏物語の読書会に参加してきました。

今回の課題帖は、賢木、花散里、須磨、明石。夕方から会議が入ってしまったので、途中から遅れての参加でしたが、読んで面白かったところ、惹かれたところなど、話したり聞けたり今回も楽しい会でした。

私が今回話題にした部分は、

・桐壺帝の源氏へのでき愛っぷり

・桐壺帝は源氏と藤壺の関係に気づいていたのか否か

・明石の君の源氏への対応は全く作戦のない、源氏への気後れ、恥ずかしさだけによるものなのか

でした。

さらに、六条の御息所や葵上への感想、評価、源氏への感想、評価などにも話が進みました。

各自が読んでいる本は自由なので、テーブルでも現代語訳者はバラバラ。今回は、大塚ひかりという方の訳本で参加していらっしゃる方がみえました。「原文を重視した逐語訳でありながら、人物像や心理が際立ち、平安朝の物語が現代に通じる非常にリアリティのある物語として読める」だそう。セリフが現代らしい言葉で面白かった。また解釈や説明、本歌についての注釈は、私の読んでいる本の解説とはまた違ったことも載っていて、それを紹介いただいたのも興味深かったです。

なかなか毎月読み進めていくのは大変ではあるのですが、読むと面白い。次回もぜひ参加できればと思います。

本歌 ピッカピカの1年生

 やきものの造形を漫画化する、とはいったいどういうことか。たとえば、漫画のエッセンスが「省略と誇張と変形」にあるとするなら、本歌を写すという過程で、対象を文字どおり省略し、誇張し、変形するやり方は漫画的ということができる。最もわかりやすい例を挙げれば、古代中国の青銅器を模した李朝期の茶碗「爵」などは、その最たるものだ。祭祀用の酒器とされる本歌は、鳥のような胴体に用途のわからない角や取っ手、長い足のついた複雑な器形をしている。この神聖な形式を李朝期の人びとは、小さなふたつの角と短い三本足しかもたない細長い碗にデフォルメした。取っ手などの突起物は「省略」され、特徴的な角や三本足のみが「誇張」され、全体の器形は丸碗を歪めて「変形」されて、このいっけん奇妙にみえる茶碗はつくられた。このプロセスこそ、まさに漫画的ではないか。祭器由来とされる高麗物には、たとえば呉器や割高台、金海など、この手の茶碗が多い。韓半島の陶工たちが古代中国の厳かな祭器に漫画的プロセスを加えることにより、李朝期の人びとの生活により親しみやすく蘇ったのがこれらの茶碗だった。

 幸いにも、今度の深見さんの個展で最も売れ残っていた粉引のなかに、この手の漫画的な造形への志向を感じた。とりわけそれが顕著だったのが写真の作。胴部にあしらわれた火間をみれば、いっけんして「松平」や「三好」を意識した作品であることはわかる。だが、よくよく目を凝らして拝見すると、この写し、本歌に比べてどこか不自然ではないか。たとえば、トレードマークになるはずの火間はボテっとしていてかつ少し大きい。そして、器胎のあちこちから吹き出している鉄粉も数が多いうえに粒も大きい。さらに、白泥の色も、たいていの粉引が少しくすんだ白を意識するのに対して、異様に白い。この不自然さは、はたして「誇張」ではないのか。あるいは、器形にしても、本歌たちのシャープなつくりをぽっちゃりと「変形」させて、「松平」や「三好」の向こうに「大高麗」のような酢次をも彷彿とさせる形態に仕上げている。作家は、つまり、本歌の造形に漫画的なプロセスを加えることによって、伝来の粉引をよりわかりやすく親しみやすい姿に生まれ変わらせている。

 深見さんのこの粉引は、以前紹介した梶原靖元さんのそれの対極にあるといっていい。梶原さんの粉引が本歌に迫れるだけ迫って、出来あがった作品があたかも李朝期からタイムスリップしてきたかのようであるのに対して、深見さんのそれは、本歌の特徴的な部分は強調されるが、全体からすると本歌とはおよそかけ離れた作品となる。前者が、本歌の雰囲気に忠実であるために、半島の土を採取したり当時の焼き方を研究するのに対して、後者は、素材や焼成にそこまでの入れ込み方はせず、いってみればそれを「省略」して、造形の単純化を優先する。後者が漫画的な表現であるとすれば、前者の表現は小説に喩えられようか。両者の表現に優劣はない。それは、セザンヌとウォーホールのどちらが優れているかを問うようなものだ。それぞれがそれぞれの志向性を追求した結果として、それぞれの粉引があるとすれば、それらは、いずれもひとつのスタイルとして認められなければならない。

 深見さんの作品に三次元の漫画を投影するのは、筆者の勝手な解釈にすぎない。当の作家は、こんなことは露ほども考えていないにちがいない。ただ、三次元的漫画への志向性が、たとえ解釈にすぎないとしても、その作品に垣間見られたことはたいへん重要だ。なぜなら、梶原さんのような本物の写しに出会うことも難しいが、深見さんのスタイルは、これまで誰も手がけてこなかった類のものだから。写しは本歌へのオマージュである。本歌を愛して、そこにどっぷりと使って、その雰囲気を再現するのが写しの王道。いっぽう、漫画には風刺的な要素がある。対象からすこし離れて、対象の特徴を単純化し、それを少しシニカルな視点から観察するのが漫画的アプローチである。だから、写しにこれを導入すれば、当然、これまでみえてなかった本歌の魅力が違ったかたちで再生されることにもなる。深見さんのこの作品を観て、粉引が白磁への強い憧憬から生まれたやきものであることや、火間や鉄粉がいかにその重要な要素であるかということが、より明快に理解できないか。何より、李朝の爵が青銅器のそれとはまったく違う次元でひとつの形式となったのと同様、ここには本歌の実像に縛られない粉引のオルターナティヴが生まれている。二次元の漫画は、今後とも、作家のトレードマークであることをやめないだろう。だが、その傍らでもいいから、深見さんには、ぜひこの三次元の漫画という志向を深堀りして頂きたいものだ。織部、黄瀬戸、志野、素材はいくらでもある。


本歌 関連ツイート

RT @tsuruginoya: (左)山姥切国広
長さ 2尺3寸3分弱(70.6cm)反り 9分3厘(2.82cm)

(右)本作長義(山姥切長義)
長さ 2尺3寸5分(71.2cm) 反り 8分(2.4cm)

山姥切の本歌と写しを並べてみました。
2振りの長さはほぼ同寸で…

RT @mosaic_saniwa: まんばちゃんって「本歌にそっくりな見た目を布で隠してた」ではなく「布まで本歌とおそろいだから、布をボロボロにすることで本歌と差をつけた」んだ
と思うとすごくしっくりきた
RT @sizumi4321: ざっと検索しただけでも

・本歌山姥切
・まんばちゃんの布の付喪神
・闇堕ちまんばちゃん
・まんばちゃんが修行で捨てた布を拾った人

って意見が分かれてて面白いな🤔

RT @meitougenso: 「本歌・本科」論争ですが、どっちが正しいじゃなくて、どっちも正しいのです。
語源で言えば和歌の「本歌取」です。古美術の世界では洒落た言い方が尊ばれ、様々な言い方があります。
この論争で本サイトの名前が出るのですが、”「本歌」とも書き、同じ意味で…

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